孤軍奮闘絵巻

文章の練習

アニメを観た

前回の記事から2か月以上、ブログ開設からだと3か月以上経っているのにまだ一記事。自分の機嫌の良さ、イライラしていなさ、さらに書く勢いに任せでもしないと記事をアップできない。現に下書きには記事が3つ入っているが、なんとなく機を逃していてもう公開しづらい。誰が言っていたが、こういうのは勢いが大切。さんまさんかな?さんまさんが言ってたと思います。

 

『あの夏見た草花の名称を我々は知らないナリ』(またの名を『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』)を本当に今さらながら観た。少し前の深夜の馬鹿力で伊集院さんが話題に出していたのを聞いて少し興味は持っていたものの、まだ「アニメ」という先入観から見るのを躊躇っていたのだが、もう恥ずかしいとか言ってる場合じゃなくない? という脳内ベッキーのポジティブさにやられて遂にTSUTAYAでレンタル。この時たまたまTポイントカードのレンタル有効期限が切れていて、レンタルと同時に更新したのだが、お前あの花見たさにわざわざ更新してんの? という店員の視線は少し恥ずかしかった。そんな山田勝巳がギリ乗り越えられるか乗り越えられないかくらいの壁(店員)を乗り越え、午後10:30頃に1巻を見た。次の日が早いので1~2巻だけ見て残りは明日…くらいに考えていたが気が付くと日付が変わって午前2:20、テレビに6巻のDVDをエフエフ泣きながら入れていた。そして午前4時、今勢いでこのブログを書いている。あと2時間後までには英語で論述を書かなくてはいけない。でも、書きたいのはこっちなのでこっちを優先したいと思う。ネタバレ(もう気にしないといけない時期は過ぎたのかもしれないけど)はなるべくしないように書くつもりですがちょっと入っちゃうかもしれません。すいません。

 

 

結論から言うと、泣いた。なんというか、そりゃ泣いちゃうよ、って感じ。でも演出で泣かされたわけじゃないし、悔しさのない泣き。心地良い涙。僕がこういう感動モノに極度に弱いというのもあるけれど、第三話の時点で軽く上を向いたりして涙をこぼさないようにしていた。一番最後の最後のシーンも、シラフで見ていると斜に構えてしまって泣くわけないだろ!みたいな展開なのだけれど、そこに至るまでの泣かせる伏線が効いているものだからためらいなく泣けた。この感覚は久々なので楽しかった。今までアニメをほとんど観ず、なんとなく避けてきた人生に疑問を持ったことが無かったが、あの花で理由が分かった。僕は人より感動もので泣くし、その分感情移入もひどい(良い意味でも、悪い意味でも)。だから、ドツボにはまってしまう。アイドルもそう。うら若い少女ががんばってる姿を見てるととても応援したくなってしまう。入り口は明るい色で彩られているが、落ちてしまえばそこはただのドツボ。そればっかりになっちゃだめだな、っていう無意識の防衛本能が働いていたのだろう。なのに今回このドツボに敢えてはまってみて、予想通りの結果だった。でも、ドツボもドツボでいい。だから、それもまた、一つの娯楽に会えたということだと捉えてみることにする。あ、最後に、これは言及した者負けだと思うけど、じんたんのTシャツ、あれは何なんだよ。感動のところで胸に「白ネギ」とか書いとくなよ。