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孤軍奮闘絵巻

文章の練習

あの感じ

馬鹿力、主に少しおもしろいのコーナーでたまに出てくる「あの感じ」で締めるネタがそんなに好きじゃない。世の中を斜めから見てます、っていうのを押し売られてるような気持ちになる。「あの感じパターン」として成立して以来、いくつか読まれているのだけれど、投稿してる人はそれでいいのか?と思う。週に1通しか送れないという厳しい規定があるこのコーナーで、最近気づいたイラッと来ること報告に使ってしまうってのは投稿者の気持ちとしていいの? そして僕は今週のこのコーナーで「あの感じパターン」の投稿が採用されました。散々心の中でバカにし続けてた奴に自分がなっていると気付くときの、あの感じ。

 

「パクリかオマージュか」みたいな話は最近特によく聞く。エンブレムについては確かに似てるけど、そこまでみんなして責めなくてもいいんじゃないかなって考えてます。ネットの人に”責めてる”の意識はないだろうけど。この前ネットで見た意見で、「芸人さんのネタに「○○のパクリ」とか言ってる人はパクリで名声を得ることに抵抗が無い人だ」というのがあった。単純なことなのに全然気づかなかった。話を戻して、パクリのことについて。「あの感じパターン」は、聞いてる人の中にはパクリと思う人もいる気がする。正直、あの感じパターンで採用される前の僕は、あの感じパターンが採用されるたびに「ああ、あの感じパターンね」と思っていた。今も、あの感じパターンを使ってしまったのは悔しい。やっぱり僕は自分の考えたフレーズで笑わせたい。パクリで笑わせたって、ノベルティのカードを貰ったって全然うれしくない。パターンとパクリは全く違うものとは分かっているけど、でも嬉しくないのは一緒。厚切りジェイソンに言わせれば「パターン見えてきたよ!!」と言ったところだろう。

 

上手くまとめたようで何も上手くないのは置いといて、最後に没ネタについて書きたい。時々自分の没ネタをネットに上げている人を見かけることがある。あれはどういう考えの下で出来てるのかがわからない。僕は、さっき書いた「あの感じパターン」のネタよりも前の週に送ったネタの方が面白いと思っているのだけど、この前の週に送った奴には読まれない相応の理由があるわけで、その理由の大部分はつまらないから、である。そんなつまらないネタを自分で面白いと言ってしまう奴のユーモアなんてクソほども信じられないとは分かっているし、これ以上恥をかきたくないから没ネタも出してない。ツイッターでネタっぽいことを書くときでも、テレビを見ててふと思いついたはいいものの、練って本ネタにするほどではないものをツイートしている。こちらはフォロワーがいないので気楽にできる。でも一回ラジオ局の人、更にはパーソナリティが目を通したものをツイートするのはいくら誰も見ていないとはいえできない。そして、没ネタをアップしている人の没ネタを読んで、なるほどねとほくそ笑む自分の、あの感じ。