孤軍奮闘絵巻

文章の練習

入室許可

中学受験で地元埼玉から東京の方の中学に進学した。埼玉で一番都会だと思ってたところが築25年のイオンモールの僕から見たら完全に未知の場所、東京。一人で電車に乗るのも初めてで入学式から鼓動でガクガクだったのを覚えている。中学デビュー名物、部活動の案内があったのはそんな入学式から1週間も経たない頃。僕は文化部への入部を心に誓っていた。小学校1年と3年の時、僕はクラスの男子20人から2人しか選ばれない選抜リレーの選手だった。その時は誇らしかったが、今考えてみると周りの人たちが2年後に到達するところに少し早く来ただけ。中学受験で悪くない大学の付属中学に入れたのも、小学5年でおちんちんに毛が生えたのも、すぐ後にはみんな手に入れるものを僕だけしか持てないものと勘違いして誇っていただけ。今や高校でカス教師の授業をぶち壊して呼び出しを食らっているのも、クリスマスの日にこんな誰も見てないようなブログを書いているのも、昔の僕が努力を怠っていたから。ただの生育で上位に立てていた時期があった分、今まで努力を知らずに生きてきた。これからも努力を知らずに生きていく。

 

結局僕は写真部に入った。自分に運動神経がないのも分かってきたころで、運動部に入ったところでどうせ無理だろう、そう考えていた。あと斜に構えていたのもあるかもしれない。「部活でベタにサッカー部とかバスケ部入っちゃうやつってどうなの?」とか考えてたかもしれない。理由の内後者をはぐらかして書いてるのは事実のことだから。覚えている記憶で僕が100%間違ってる最悪な思い出をはっきりと書きたくない、だからふわふわした書き方にさせるんだろう。

 

中学3年のころ、写真部に入ったことをひどく後悔する時期に入る。きっかけは思い出せない。毎日5時には家にいることに、こんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったと脳内をリフレインしていた。時々口から飛び出してもいた。半年に1回くらい地元の帰り道小学校の知り合いに会っても、午後5時。おそらく彼は週1回のオフの日だろう。「あ、お前も今日部活オフなの? てかお前って何部だっけ?」一切の悪気無く聞いてくる。「俺誰にも言ってないから、何部とか俺誰にも言ってないから」とよく聞くと訳の分からない理屈で押し通し、何とかなるものだと思うのはもうこりごりだった。運動不足で太ったことから顔面が気持ち悪くなったのを差し置いて、写真部だから女と付き合えないと本気で思っていた。写真部だから、文化部だから。

 

高校1年の冬、ようやく運動不足の解消を考え出した。この年の夏に2つ折りの携帯からスマホに新調したのも理由の一つ。スマホの地図を使って自転車で埼玉の自宅から2時間かけて中野ブロードウェイに行くなどフットワークが劇的に軽くなったのだった。スマホで運動できる公園を探してみると、自転車で20分の距離に周1kmのジョギングコースのある公園が当たった。約4年動かしていない筋肉、最初のころは1kmでゲロが口を回っていたが、どんどん楽しくなる。スポーツ用品店にも初めて行った。スポーツオーソリティでこんなにたくさんの種類の靴があるのかとまるで初めてアルコール知った雪国の少数民族のように没頭、ランシューを買って帰った。ランシューはランニングシューズのこと、中学3年の頃の僕に来年ランシューを買うなんて言っても信じないだろうな。それから多い時は週3回、最低でも2週間に1回は走るようにした。同世代の周りと比べたら全然少ないけど、こういうのが努力なんだろうなというのがちょっと分かった気になった。走るのを始めてから、中学時代1回も行かなかった部活の合宿以外での撮影に1人で行くようになった。クソジジイみたいなことを言うけど、運動は気持ちが明るくなる。相対的に豊かになったと思う。

 

昨日ブログにあげた写真は昨日一昨日と行った写真部の合宿で撮ってきたものです。元々書こうと思ってたこととは全然違う事を書いてたけどとりあえずまあこれで良しとします今日は。

 

この前歯医者で女性の歯科助手に「部活とか何入ってんのー?」と聞かれたので「陸上部に高校1年まで入ってました」と答えた。写真部がスッと言えるようになるのはまだ時間がかかりそう。